Nec vitia nostra nec remedia tolerare possumus.

(※本記事はケロQの「素晴らしき日々〜不連続存在〜」の応援キャンペーン企画として執筆した二次創作です)



 ――お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今度そらを飛んで、星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。


             ――宮沢賢治著/「よだかの星」より抜粋



 隠れ家探しは難を極めた。当初における楽観など、探索開始から一月たった頃には焦燥の熱で燃え尽きてしまった。時間、労力、心の余裕――手持ちの兵站が、経過と共に音もなく削られていく恐怖は筆舌に尽くし難く、さりとて如何ともし難い現状に疲労感だけが募る日々。どれほどの熱意を持って取り組んでも解くことのできない未証明問題の類例かとさえ思われた。
 探索が難航した理由は大きく分けて二つある。一つは、対象となる探索範囲が狭すぎたため。もう一つは、探索条件が厳しすぎたためであった。
 探索範囲の狭さに関して云うならば、効率化を求めた近代施設の常として、膨大な部屋数を誇るにも関わらず一日を通して未使用の部屋は極めて少なく、また、未使用の部屋があったとして、そこには既に先客が領有権を主張しているのが常だった。
 しかし、探索範囲の中には、これはと思うものがあったこともまた事実である。一時の利用者、予てよりの先客の存在なにするものぞ、他人のものであるということは、奪い取れば自分のものにできると云うことである。それを可能とする武力は手元にあり、また遂行に必要となるのは多少の用心と手間暇だけとあれば、その完遂は容易であったに違いなかった。そうしなかったのは、偏に武力制圧という手段自体が探索条件と合致しない結果を引き起こすことが目に見えていたからだ。
 探索条件として設定した内容は、極めて単純なもの――即ち、「好きなときに行けて、いつまででも居れて、他人に煩わされる心配がない場所」――である。しかし、条件は単純化できても環境は複雑系であり、条件の全てを満たそうと考えると、その達成は難しい。
 そも、「他人に煩わされる心配がない」と云う条件がまず達成困難であった。千からの人間が忙しなく行き交う施設内にあっては、如何に余剰スペースと云えども煩わされないというわけには行かないのが当然だろう。
 ならば設備側が用意しているスペースならどうか。これは検討段階で却下した。他人の監視を意識しないわけには行かず、好きなときに行くことも、いつまでも居ることも難しいであろうことは分かり切っていたからだ。また、あまりにも分かり易すぎて隠れる先としても適さない。
 こうなると、他の候補も同様か若しくは似たような理由でダメになるのは自明だろう――という訳で、潜伏先を探すゾンビよろしくうろうろとそこいらを歩き回った期間はなんと一月にも及ぶ。我がことながら、端から見たらさぞかし阿呆に見えたに違いない。
 しかし、放浪の日々は無駄ではなかった。なぜなら、わたしは一月にわたる放浪生活の末、ようやく一つの天啓に辿り着いたのだ。
 すなわち、隠れ家に相応しい場所がないのなら、作ってしまえばいいじゃない――


 ――と、そこまで話したところで、二人しかいない聴衆の内、一人が盛大に溜め息を吐き出した。
 なんだよ態度悪いなぁ。ノリノリで演説しているところにそんな反応をされると白けてしまう。咎めようと、溜め息の主に顔を向けると、呆れとも怒りともつかない荒んだ目付きでわたしを睨む幼なじみ。
 ……えっと?
「えっとね、鏡。つまり、普通に入れる場所が使えないなら――」
「……もういい喋るな」わたしの鼻先数センチに平手を突き出して続く言葉を遮りながら、鏡は空いた手を額に当てて、頭を振りながら再び大きく溜め息を吐く。
「……つまりなにか……空き教室も人気がない場所も使えない、保健室は気に入らない、他に施設内で自由に出入りできる場所もない、だから――」
 そこで言葉を止めて、鏡は改めて半眼じと目をわたしに向けた。射殺さんという鋭さこそないものの鑢のような鈍い視線。わたしは目をそらして明後日の方向を見た。ああ、今日も空は綺麗だな。
 そんなわたしの態度に、今日何度目とも知れぬ溜め息を吐きながら、諦めた口調で、
「あのねぇ……いくら何でも突飛すぎでしょう。誰も使ってない屋上だなんて」
 つぶやきと共に、鏡は周囲を見遣る。
 四面を身長の1.5倍ほどの高さのフェンスで覆われた屋上は閑散としていてなにもない。出入り口でもある時計塔とその上に設置された貯水槽に変電設備以外には、開けた風景が広がっている。高度経済成長期に設立された学校らしく周りはマンションと住宅地に囲まれており、お世辞にも景色が良いとは言い難い。
 だからだろうか、天文部が天体観測に利用しているC棟の屋上とは異なり、ここ、A棟の屋上は風雨に任せて荒れ放題といった風情で、人が足を踏み入れなくなって久しいことが容易に察せられた。住民がいなくなった家屋が瞬く間に朽ちるのと同様に、訪れるものがいない空間はあっという間に損なわれる。黒く煤掛かったコンクリートの床の所々から雑草が覗いている景観は、ひどく荒涼とした所感を見るものに抱かせるに違いなかった。
 事実、鏡の口調には怒りよりも困惑の成分が滲んでいる。なにを好きこのんでこんな場所、とでも云いた気だ。
 うん、実はわたしもそこは同感。
「でも、誰も来ないってことは、訪問者を警戒する必要がないってことでしょ? 隠れ場所としては最適だったんだよね」
 寂れていると云うことは、寄る者がないという証左でもある、と云う話。それに、誰も使っていないなら、わたしが占領したって文句はないはずだ。
「そんなわけないでしょうが。学校施設は中も外も学校のモンだっての」
「えー」
「えーじゃない。まったく。大体隠れ家探しって、アンタね、今時小学校低学年の男の子でもやらないわよそんなの」
「えー、そうかなぁ」
 夢がない話である。隠れ家なんて、老若男女関係なく、ロマンだろうに。
「でも由岐、よく気付いたよね、こんな場所。わたし、ここって外に出られるとは思ってなかったよ」
「ふふん。そうでしょうともそうでしょうとも」
 鏡の横で話を聞いていた司から向けられる柔らかい視線が少しだけむず痒い。わたしは少し戯けたフリをして種明かしをする。
「だって、移動教室とかでも屋上見えないもんね。ここC棟は並列している校舎がないから横からじゃ屋上は視界に入らないし、屋上への出口は着ぐるみやら看板やら――きっと昔の学園祭の備品かなにかだろうけど――で埋まってて、扉なんて見えないしね」
 昔から物置代わりに使っていたんだろう、学園祭の備品といっても相当昔のもので、埃の積もり具合から逆算すると長い間使われていなかったのは間違いない。加えて時計塔上に設置された変電設備もかなり型が古く稼働しているかどうか分からないような代物とくれば、訪れるものがいないのはむしろ自然なことだろう。
「ここなら、そうはバレないね」
「なるほどなぁ……でも、雨が降ったり夏とか冬はどうするの?」
「そこはまだ全然考えてない。さすがに天候気候はどうしようもないし」
 屋上に温室があるようなら良かったのだけれど、もしあったらあったで人が来るようになってたはずで。
「そう云えば鍵はどうしたの? 初めから掛かってなかったとか?」
「」




(※続き執筆中)